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高松高等裁判所 昭和26年(う)386号 判決 1952年9月30日

控訴人 被告人 池内鉄儀

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

被告人の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一、第三点について。

被告人は和田悦数、西内盛男なる者を知らず、又この両名が本件銅線約四百貫を横領したものであることを知らないのであるから犯人隠避罪の犯意を欠くものであると主張するのであるが、原判決挙示の証拠によれば高知県幡多郡中村町中村電気通信管理所資材係主任和田悦数、同倉庫係西内盛男が共謀の上昭和二十五年八月頃から同年十月初頃までの間に数回その業務上占有に係る同管理所保有の国有銅線約四百貫を擅に吉田詮夫、野間登に売渡し、被告人はその頃吉田詮夫、野間登からこれを買受けたところ同年十月十七日高幡地区警察署に於て右銅線の出所に付いて取調を受け、其の旨吉田詮夫に電話し翌十八日吉田詮夫と野間登が高知市の被告人営業所に被告人を訪ね、実は右品は右管理所から出たものでこの事が判明したら管理所の役人が馘になるから助けてやつてくれと頼み、そこで被告人は従弟の本吉清市を通じ吉田詮夫、野間登、高橋信吉と相談の上高橋信吉が高知県幡多郡の農業協同組合から右銅線を買受けこれを野間登に売り野間登が被告人に転売したことに申合をし高橋信吉から野間登宛の虚偽の仕切書を作成交付させ、高橋信吉は同年十月二十一日高幡地区警察署に出頭し、其の取調に対し右申合に符合する供述をしたことが認められるのである。これらの事実より推せば被告人は同年十月十八日には和田悦数、西内盛男という人物を知らなかつたのであるが、兎に角右電気通信管理所の職員某が同管理所の資材である本件銅線を不法に処分したものではないかと察知し、右職員某のこの犯罪を隠くすため銅線の出所は農協であり、高橋信吉がこれを買受けて野間登に売り、野間登がこれを被告人に転売したように虚構の事実を作り上げ、高橋信吉にそのように供述させて捜査権の作用を妨害したものであることは間違いないと思われるのである。被告人の援用する事実及び原審の取調べた全証拠を検討しても原判決には所論のような事実誤認はない。

又被告人が右犯罪がどんな犯罪か犯人の氏名がどうかを知らなくても犯人隠避罪の成立には消長を来たさない。故に論旨は理由がない。

同第二点について。

被告人は原審が犯人隠避だと解した本件行為前に既に本犯は検挙せられていたのであるから国家の捜査権を侵害して居らないと主張するのである、(但し趣意書には被告人が隠避行為の疑で取調を受ける前に既に本犯は検挙せられているから云々と記載せられているからこの点についても判断することにするが、其の主張の核心は上記の通りと解する)が、本件記録並びに原審の取調べた証拠によると、本件銅線について被告人が高幡地区警察署の取調を受けたのが昭和二十五年十月十七日以降であり(犯人隠避の疑で取調を受けたのは同月二十四日である)、高橋信吉が同署の取調を受けて虚偽の供述をしたのが同月二十一日、和田悦数が同署の取調を受けたのが同月二十四日以後、西内盛男が同署で取調を受けたのは同月二十二日以後、吉田詮夫は同じく同月二十八日以降、野間登は同じく同月二十一日以降であることが窺われる。

これらの一連の事実から推すと、本件銅線横領事件の発端は被告人の取調から起つたものであり、同月十八日の犯人隠避の共謀、同月二十一日の高橋信吉の虚偽の供述当時には和田悦数、西内盛男が既に本件約四百貫の銅線横領の件そのものについて司法官憲に発見逮捕せられていたとは認められない。(又被告人が犯人隠避の疑で取調を受けたのが同月二十四日であるから、和田、西内の両名が取調を受けた後であること従つて既に両名が発見逮捕せられた後であることは明白であるが、この二十四日の取調の際は被告人は真実を供述し犯人隠避行為の形跡はないのであるからこの点については被告人が刑責を負わないこと勿論である。)尤も和田悦数に対する取調が昭和二十五年十月二十四日第二回供述調書となつて居り、西内盛男に対する取調が同月二十二日第四回供述調書となつていること、従つて各自の第一回供述調書はこれより先に作成せられていることが窺えるのであるから、本犯である和田、西内の両名は同月二十一日の高橋信吉の右虚偽の供述より先に本件約四百貫の銅線横領とは別個の犯罪について嫌疑を掛けられ検挙取調を受けていたものではないかと察せられるのである。而して犯人隠避罪とは蔵匿以外の方法で犯人の発見逮捕を妨げる一切の行為であつて隠避の方法手段にも制限がなく、従つて本件のように犯人である和田悦数、西内盛男が既に別個の犯罪で司法官憲の嫌疑を受け検挙せられ、その取調を受けている際に、被告人が吉田詮夫、野間登、高橋信吉等と共謀の上和田、西内両名を本件約四百貫の銅線横領の罪により処罰せられることを免れしめる目的で高橋信吉を和田、西内両名の身代りとして同人をして警察署に出頭せしめ司法官憲の取調に対し右銅線は自分が農業協同組合から買入れ野間登に売つたものである。そして野間登はこれを被告人に売つたものと思う旨虚偽の供述を為さしめた場合は捉え易い典型的な犯人隠避行為とは謂えないが、それと同じく犯人の発見を困難にし捜査権の作用を妨害しているのであるから、犯人隠避罪が成立するものと解すべきであり、又更に仮に和田、西内の両名が本件銅線横領の被疑事実そのものについて検挙取調を受けている際であつたとしても前叙のような虚偽の供述を為さしめることは犯人であることを晦さんとして捜査を妨害しているのであるから、これ又同罪と断ぜざるを得ないのであつて、捜査段階におけるこのような偽証類似の行為は罪刑法定主義の現行刑法の解釈として犯人隠避罪成立の余地がないものと形式的な解釈をすることは出来ない。論旨は理由がない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人の控訴趣意

第一点第一審判決は右被告人が犯人と共謀の上犯人を隠避せしものと認めて之に対し刑法第一〇三条を適用して罰金刑を科刑致し居りますが被告人は本犯(横領罪として起訴せられ居るもの)が敢行し居りたる犯罪事実を全然知らず従つて本犯は如何なる人物やも承知せず、犯人を隠避せしむる故意は毛頭もなく依つて犯罪は成立しないものと認められ該事案に対して刑法第一〇三条を適用しての判決は法令に違背せるものと認めらる。

第二点第一審判決は検事論告中の「被告人の犯罪事実は刑事被告人の捜査を妨害したる旨」を採択して刑を宣告せるも右の論告は全く感情的な見解にして事実は右被告人が犯人隠避の疑にて取調を受くる前に既に本犯は検挙せられて居り国家の捜査権を侵害したものとは認められない。

第三点右被告人が本犯の犯罪行為を認識せざりし理由は高知県幡多郡中村町古物商野間登、同吉田詮夫の両名が本犯の横領事件が発覚当時に被告人に対し本犯の犯罪を告げずして「被告人が買受けたる銅線は中村電気通信局から出て居るが売却代金にて同局の者が慰労をして居るので表沙汰になつても差支わないけれ共成るべく名を出したくないから他に適当な買入先を考えてくれ」との要求を受け突嗟の考えにて右両名に「然らば幡多郡宿毛町の高橋信吉なる者が農業協同組合の不用となりたる銅線を買受けた事がある故同人に相談して見よ」と述べたる点が犯人隠避と断定せられて居るが本犯の犯罪内容は横領せし銅線を幡多郡中村町古物商野間登及び吉田詮夫に売却し野間及吉田の両名が被告人に対し情を告げずして該銅線を売却せるものなるが被告人は第一審にて本犯が犯罪行為ありたる点を全く知らざりし点を主張せしも採択されて居らない。

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